棟方志功 「釈迦十大弟子(しゃかじゅうだいでし)」

上野にある東京国立博物館で展示された奈良後期の乾漆仏、興福寺の「須菩提像」(国宝)を見て 感激した棟方志功は、釈迦十大弟子の制作を思い立ちました。 「仏に近づきつつある人間の姿を描こう」と初めに十人の弟子を作成し、国画会展に屏風仕立 (六曲一双)で出品するため、左右に文殊、普賢菩薩を加えて12体としました。 昭和15年、国画会展に出品し佐分賞を受賞、昭和30年サンパウロ・ビエンナーレ版画部門で、最高賞 を受賞、翌昭和31年ヴェニス・ビエンナーレでも国際版画大賞を受賞しました。
十大弟子とは・・・釈迦の10人の主要な弟子のことをいいます。経典によって、誰が十大弟子に入るかは異なります。

 
■2008.11.26 シリーズ10回目
「舎利弗」(しゃりほつ)

サンスクリット語:シャーリプトラ
パーリ語: サーリープッタ

シャーリー(サーリー)は母親の名前で「鷺」を意味し、 プトラ(プッタ)は「弗(ホツ)」と音写し「子供」を 意味するため、漢訳では舎利子とも表される。 つまり直訳すると「鷺家の子」という意味である。
仏説の真意をよく理解したので智慧第一と称された。  
舎利弗と目連を特に釈迦の二大弟子と呼ぶ。
マガダ国の王舎城(ラージャガハ)北、那羅陀(ナーラダ、  現ナーランダー)村出身で裕福なバラモンの家に生まれる。  幼名は優波帝沙(ウパティッサ)といわれた。  釈迦の弟子のアッサジ(阿説示)比丘と出会い、アッサジを通じて  釈迦の教えの一部を聞いたとたんに悟りの最初の段階に達したと伝  えられている。親友の目連を連れて釈迦に弟子入りすると、  それまで二人が師事していたサンジャヤ仙人の他の信徒250人も、  彼らに従いサンジャヤ教団を離れ釈迦に弟子入りした。  釈迦の弟子となった後、外道等を破折して多くの僧を帰依させた。
釈迦の経典である法華経方便品の対告衆となっており、  開三顕一の説法を聞いて初めて悟りを開き譬喩品において  華光如来(けこうにょらい)の記別を与えられた。
仏(釈尊)の説法が正しいことを証明するために舎利弗・目連が先に  入滅して成仏の実相を示したと説かれている。
第10回十大弟子シリーズ
〈コメントby 秋山画廊 第2営業部〉

第10回目は真打ち登場ではありませんが、釈迦十大弟子中の筆頭弟子とも 言える舎利弗です。舎利弗に関する説話は多数あり日本においても広く知ら れています。そのためか志功の十大弟子作品の中でも希少作品であり 蒐集家泣かせでもあります。
さて、今回で10回目となりました志功のマンスリーコーナーですが、 (ぜんぜんマンスリーではありませんでしたが)今回を機に志功作品をランダムに ご紹介するコーナーへリニューアルさせていただきます。
これからも志功作品を愛でる皆様とともに我々も優品をご紹介できるよう 鋭意努力いたします。

当画廊は十大弟子に限らず多数の棟方作品を取り扱っております。棟方志功作品をお探しの方やご興味がある方、またはご売却をお考えの方はどうぞお気軽に電話にてお問合せください。

03-3206-0436 

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■Back number2008.11.26 シリーズ9回目
摩訶目※連(まかもっけんれん)
                注:文字化けによるため※は牛偏に建の文字です。



■Back number2008.7.14 シリーズ8回目 「摩訶迦葉」(まかかしょう)


■Back number2008.4.26 シリーズ7回目 「摩訶迦旃延 (まかかせんねん)


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2008.3.12 シリーズ6回目 「
富楼那弥多羅尼子(ふるなみたらにし)」


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2008.2.12 シリーズ5回目 「
阿那律(あなりつ)


■Back number2008.1.1 シリーズ4回目 「須菩提(しゅぼだい)


■Back number2007.8.1 シリーズ3回目 「阿難陀(あなんだ)」


■Back number2007.4.1 シリーズ2回目 「優婆離の柵(うばりのさく)」


■Back number2007.3.5 シリーズ1回目 「羅喉羅の柵(らごらのさく)」


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